有松は、旧東海道の鳴海と知立の宿の間に、1608年に間宿として開かれた。尾張藩の奨励により、阿久比村から移住した一人、竹田庄九朗により、絞染めが考案され売り出されると、藩の庇護も受け、絞りは有松名産として全国にその名が知れた。有松は絞と共に繁栄したが、1784年、大火が起こり全村殆どが焼失した。村の復興に当たり、建物が従来の茅葺を瓦葺にして、壁は塗籠造り、2階の窓は虫籠窓に改め、当時の防火構造で作られた。豪壮な商家が建ち並ぶ現在の町並みは、この時に形成された。商家の建物は、中2階建切妻平入りで、1階の前面についている半間の土庇の下は、昔は絞の店頭販売の為に、大きく開かれていたが、今は格子が付いている。
竹田家住宅
江戸時代に作られたと考えられる。絞問屋の伝統的形態である。
小塚家住宅
1862年頃に建築。重厚な広壮な有松の絞問屋の形態を良くとどめている。主屋の1階は格子窓、2階は塗篭壁、卯建があり、塗篭造りでは最も古いものの一つ。