宗派:天台宗
開基:慈覚大師
創建:706年
正式名称:三徳山三佛寺
三徳山三佛寺は、鳥取県三朝町にある天台宗の寺院。境内は標高899.9mの三徳山にある山岳寺院である。奥院である「投入堂」は、垂直に切り立った絶壁のさらに窪みに建てられた他に類を見ない建築物である。その独特の建築は平安末期に建立され、国宝に指定されている。また三徳山も国の名勝と史跡に指定されている。
三佛寺の正確な由緒は明らかでは無いが、寺伝によると706年役小角が堂宇を建てて修験の行場にしたと伝えられている。849年に慈覚大師が伽藍を建立し阿弥陀・釈迦・大日の三尊を安置した為に、三佛寺と呼ばれる様になった。しかし、慈覚大師の来山も明らかでは無い。
奥の院・通称「投入堂」は調査の結果1086年~1184年の間に建てられた事が判明しているが、誰が何の為に、どのようにして建てたか、一切の事実は謎である。建築様式は日本の文化が花咲いた平安末期であり、日本独特の技術と美観を兼ね備えた建築物である。遠近法やその他の視覚効果を駆使した建物であり、危うさを特に強調した設計になっている。その他に類を見ない独特の建築物は、写真家土門拳をして「日本第一の建築は?と問われたら、三佛寺投入堂をあげるに躊躇しないであろう。」といわしめた、究極の日本の建築物の一つである。
投入堂の名前の由来は、役行者が三徳山を訪れた時に、山の麓でお堂を作り。それを法力で掌に乗る程小さくし、断崖絶壁の岩窟に投げ入れたと言う伝説から付けられたと伝えられる。
歴史の深い三徳山は、投入堂以外にも多くの文化財と様々な魅力を有する山陰一の寺院である。
参拝登山と文化財
三徳山は修行の場所であり、木の根や岩をよじ登るなど険しい登山である。入山には服装などのチェックが行われる。詳しくはオフィシャルホームページにて。
また本堂にて安全祈願をし、参拝登山は宿入橋から始まる。川は三途の川を模している。ここから、厳しい登山でカヅラ坂や鎖場などを越えると、文殊堂と地蔵堂が現れる。文殊堂は安土桃山時代、地蔵堂は室町末期の建立の建築物で、国の重要文化財に指定されている。両堂供に岩場に作られた舞台造となっていて、廻り縁からは大山が遠望出来る絶景を望む事が出来る。苦しい苦行の末に拝める極楽浄土である。鐘楼堂には鎌倉時代に作られた釣り鐘があり、重さは2トンある。この鐘がどの様にして運び上げられたかも謎である。煩悩と過去の罪を打ち払う鐘楼は登山時のみに突く事。納経堂も投入堂と同時期に建立されたと伝えられる。修験者のお経が納められている。観音堂は江戸時代初頭、鳥取藩主池田光仲によって再建された建物で、崖の窪みの内側を歩く事になる。これは胎内潜りを表し、同時期に建てられた、元結掛堂と合わせて生まれ変わりを表現している。そして進むと突如現れるのが投入堂である。蔵王権現を安置するお堂で、神の姿で現れた仏である蔵王権現を生まれ変わった新しい体で拝む事が出来るのである。
投入堂までの参拝登山はこの様に一つの物語を体験出来る参道である。歴史と自然を心と体で体験出来る為に、達成感と満足度は大変高い。
境内には日本一の響きと称される水禽沓がある。
オフィシャルサイト: http://www.mitokusan.jp/